Zorg Wide Door

2012年6月22日金曜日

妄想記 ~3年後のIT~ (2012.06.22)

先日、社内で「3年後のWebはどうなっているか」という話になりました。
それに関し、なんとなく書きつづったのが、この文章です。
自分用の記憶用として、残そうと思います。

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現代から未来への道筋は、ひとつではありません。しかし、結果的に「世間様」がひとつの方向性を選択することは事実です。

私は、ハリ・セルダンの「心理歴史学」という学問の信奉者です。とはいっても、この「心理歴史学」という学問は、大学などで専門に研究されているものではなく、架空の学問です。ハリ・セルダン自身も架空の存在です。

端的に言えば、「人々を個ではなく集団として扱うことによって、これから起きるであろうことを予測する」といったもの。

もちろん、それを信奉しているからと言って、それが使えるわけではありませんが。

さて、3年後の未来ですが、2012年後半のWindows 8のリリースとその成否によって、未来は大きくその姿を変えると思います。

Windows 8がリリースされ安定していくと、企業はやっとWindows XPからの移行を進めてゆくでしょう。

デスクトップPCやノートPCで動くソフトが、携帯電話やタブレットでも動くとなれば、それまでの企業資産を最小限度の出費で更新できると考えると思います。(実際にできるかどうかは別として)

タブレットや携帯電話はWindows Phone 8で、企業内で使用するPCは、シンクライアントかWindows 7(もしくはタブレット型のWindows 8)ということになり、各デバイスが一元化されることにより、セキュリティの一括管理が可能になるでしょう。

段階を踏んでですが、企業内では職務中の私用端末の使用を制限(禁止)し、会社支給の端末を使わせてゆくことになると思います。(現在でもセキュリティーポリシーを厳密に運用する企業では行われています)
もちろん、アクセス記録や通信通話ログはモニターされます。(そういったログの解析フィルタエンジンなどが開発されたら売れそうですね)。
会社側としては「私用で使用しても構わない」旨の通達を出すでしょう。
そしてログ解析から、業務外で使用した通話料金やパケット料金などは「給与天引き」とかになるんでしょうね。

このことにより、個人用モバイル端末が、一般的に私用と公用で明確に使い分けられるようになれば、通常のビジネスユースはゆっくりとしかし確実に変化していくと思います。

こういった形で、公私の明確な線引きがシステムによって引かれることによって、ソーシャルメディアの動きも大きく変わっていくと思います。

TwitterやFacebookなどの「リアル延長線上」SNSは、「公」の立場向けとして今後も少しずつ発展していくでしょう。(匿名性が持てるTwitterはどういうポジションになるかわかりませんが)
しかし、それとは別に「私」の立場向けとして、中・小規模の複数の匿名系SNSが発生(今でもかなりの数があります)し、ある程度の規模を維持しつつ、生まれてくる(正確には生まれては消えを繰り返す)と思います。

これまで、いろいろな人と会ってきまして、携帯なりスマホなりを「2台持ち」している人は随分と見ましたが、3台持ちはあまり見ませんでした。

一般の人々も携帯端末は2台までは問題無く携行できると考えられます。前述のようなSNSの変化が起これば、公用に1台、私用に1台は当たり前になるかもしれません。

そのとき、公用が「Windows系」となる可能性は高く、ビジネスバックボーンの無いAndroidは、好きもの向けへと変化していくと思います。
前述のとおり、MSが「公私ともに」使えるシステムをリリースしてもおかしくありません。

ちなみに、Microsoftがどんなにがんばろうと、Appleの市場はここ3年程度では手中にすることはできないでしょう。
AppleはMicrosoftあってのAppleであるし、その逆もまたしかりです。
よっぽどひどい製品をリリースしない限り、S・ジョブス亡き後のAppleであっても、それらを愛するユーザは比較的不動だと思います。なんだかんだ言っても、この2社は、双方が存在するから存在していられるのだと思います。

MS製品やApple製品は、それ単体だけではなく、いろいろな付加価値を生み出す市場や流れが既にできています。
そのため、市場の拡大はかなりのスピードになると思います。
Androidは、MSのモバイルへの「本気」を受けて、インフォメーション端末やインターフェイスを必要とする機器制御用OSへと形を変えていくと思います。

MS系とAndroid系。先行して世界中で売りまくっているAndroid系がMS系に負けることがあるんでしょうか。
重要なのは、MS系の市場の持つ潜在的な開発力です。具体的に言うと、プログラムを書ける人の数のケタが違います。
過去のリソースを全てではないにしても利用できる点は、Unix/Linux系を主としたAndroid系に太刀打ちはできません。それは、Linuxがどう頑張っても、Windowsの代わりになれなかった過去が物語っています。

私自身も、Androidには夢を見てきました。Linuxに夢を見たように。
所詮、80年代からパソコンとかにかかわっていると、フリーな世界への憧れというか暗黙の回帰願望のようなものがあります。
けれど、Androidの良さは良さとしてありながら、やはり問題も多かったような気がします。
一番の問題点は、良くも悪くも、その目標をiPhoneに定めたことだったのかもしれません。数としてはiPhoneを抜いたかに見えるAndroidですが、今でも常にiPhoneの背中を追いかけている感じがします。Androidそのものにリアルタイム性がないため、OSとしての機能の強化は、ハードウエアの処理速度に依存します。そのため、既出のハードウエアは、容赦なく置き去りにされている気がします。
形としては、最新のバージョンにアップグレードさせるサービスが当たり前に存在していますが、その最新のOSやアプリが期待するハードウエアスペックには、遠く及びません。あまりに未完成でスタートしたために、改良や修正の余地が大きく、短期間でかなりの数のバージョンアップが行われました。
アプリケーションは、常に最新のハードウエアを追いかけ、バージョンアップを物凄いスピードで行います。1年前に発売された機種が、既に悲鳴を上げている事実がここにあります。
本来ならば戦えた、ビジネスユースという戦場を後回しにして、知名度を優先し、コンシューマに向けた動きに注力した結果ということだと思います。


転じて、ハードウエアテクノロジーに関しては、パソコンが普及しだしたころより基本的に変わっていない、マウスとキーボードという組み合わせが、変化を見せ始めると思います。
キーボードの形は大きく変わることは無いでしょうが、ポインティングデバイスの選択肢は増えると思います。
特にタッチパネルは、社用の端末から家庭用の器材まで、広く広がっていくと思います。テレビや家電製品は、リモコンからから解放される可能性もあります。
これは、単なる技術革新が理由ではなく、先進国で一般的に抱える高齢化に対応するための変化と考えてもよいと思います。
Kinectが世に出る以前から、人の動作をトレースして符号化するモーションキャプチャの技術は、たくさんの研究機関で徹底的に研究され、大量のデータが蓄積されてきました。
これを利用することによって、Kinectのようなボディジェスチャをインターフェイスとするシステムは、一般化していくと思います。
(余談ですが、私はリープモーション http://www.leapmotion.com/ とエミュレイター http://www.smithsonmartin.com/ というインターフェイスに先行投資してしまいました)

Webそのものは、3年経って新たな展開を見せるとは、あまり思っていません。
いまだにWEB2.0未満のコンテンツがほとんどを占めている現状ですから。
しかし、上記のような携帯端末に関する変化の波が起き、IT環境が変わり、インターフェイスが変わることによって、真の意味で実用的なサイト作りを求められる可能性があります。
現在のHTML5は何度か拡張され、機種やブラウザによる違いは広がっていくと考えられます。

話は変わりますが、3年後あたりの変化のひとつとして、「教科書電子化」の流れがあります。(文科省・経産省・総務省)
最終的にどうなるかは、わかりませんけど。
早ければ2015年にスタートし、遅くとも2020年には文科省管轄の全学校(義務教育+高校)で運用が開始される予定です。
これは、派生する副教材の電子化(再利用化)を促しますので、ある程度の企業は「教育向けコンテンツ」の掲載が開始されるかもしれません。たとえば鉄鋼会社のサイトに社会の授業で使える資料や動画を掲載し、パブリックに使用できるようにするといった形です。「会社情報」「製品情報」「顧客サポート」「IR情報」「CSR」に続く新しい「サイトを評価する上での必須カテゴリ」となるかもしれません。これは、確実に新しいコンテンツ市場となります。
一番の市場は、「大学の教科書の電子化」(特に人文系)だと思っているのですけれど。
(比較的裕福な人々が定年後リタイヤ→大学に復学したり教養講座へ参加→人文系の教科書は大変重く厚いものが多い→電子化して先進性と可搬性をアピール→ITリテラシのある人々は物理的な教科書にあまりこだわらない→需要大:障壁はその本を執筆する先生方のデジタルへの恐怖心)

これまでのことから、「3年後」はいろいろと変わっているでしょう。しかし、生活そのものは「変わり始め」といったところじゃないでしょうか。
Webは、実生活を営むための、本当の意味でのクロスメディアの一角を担わされることになると思います。
その分、目的や指向が明確になり、制作会社としては生産力が問われることになるかもしれません。

これまでにあげたもの以外でも、NFCなどによる少額決済システムの拡大(Felicaの上位互換)や、各種情報を集約して管理する携帯端末のID化が進んでいくことと思われ、それに伴って、詳細説明を行うためのメディアとしてのWebの役割は広がると思います。

これまで以上にデジタル化が推進され、アナログであることがデジタルと共存することで真価を発揮し出すのではないかと思います。(そうなってくれるといいな)